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水色の背景

お知らせ・ブログ

当町会の名称は「赤坂中ノ町・新四町会」です。

この町の名前、実はとても古く、なんと、江戸時代からあるのです!

江戸時代の地図には、しっかりと「赤坂中ノ町」「赤坂新町四丁目」というのが見られます。

この地図に、現在町内にある目印となるような場所を重ねてみました。

この地名は、昭和41年7月に行われた住居表示変更まで(多少の変化はありますが)、変わりませんでした。


中ノ町小路(こみち)の場所はこのあたりなのではないか?という想像でしかないのですが、丁度家と家との間の区切りにできたのではないか?と。


さらに注目していただきたいところ、

道路の形がまったく今と同じですね!

ただし、江戸時代の古地図の特徴でもあるのですが、距離感が正確ではない、というのがあります。

ちなみに、昭和16年に作られた地図もあります。

左側に一ツ木通りなど、赤坂見附近辺が見られます。

当町会エリアは下方にあります。中ノ町、新町四丁目(これが短くなって新四)の文字が見られます。

ただ、道路の形は若干違うような気もしますが、細かく見ていくと「なるほどね・・・」という場所が見られます。

赤坂通りの裏側、鹿島建設に面している通りを日大三校通りと呼ばれますが、(旧制)日大三中の文字が見られます。

いかがでしたか?赤坂という東京ど真ん中、東京と言うと最先端のイメージがありますが、江戸時代以来の古く、伝統のあるエリアであることが分かります。

 
 
 

12月7日に茜草(あかねくさ)ワークショップが行われましたが、その際、実は、何でもあかね色に染められると、講師の杉本さん(一般社団法人日本アカネ再生機構代表理事)が披露していただきました。

写真は、スマホケースを茜色に染め上げたものです。ちなみに、左上、チラリと見えるシャツも茜草で染めたものだそうです。

今度は何でも染めてみよう!という会をやりましょう!ということだったのですが、山車の清掃と焼き芋の日に行われておりました。


靴、Tシャツ、かばん、靴下、洋服、クッションカバーを染めたようです。



あ、染め上がったのを撮るの忘れた!

 
 
 

12月11日は赤坂氷川神社にて、山車と宮神輿の掃除、そして焼き芋の会でした。

当町会だけでなく、赤坂の町会揃っての行事でした。

氷川神社で展示されている山車と宮神輿をいったん外に出して、みんなで拭き掃除をします。

山車は伸ばすと9Mもあるので、さすがに上の方は私たちでは拭けませんが、そこは鳶さんたちが登場します。


こんなに大きさのものが二台あるのですが、みんなでやるので、アッという間に終わります。

氷川山車、改めてみるとでかいです。

写真に全部おさまりません。

一方、焼いているところを撮り損ねたですが、境内では、落葉を集めてお芋を焼きました。

出来立て、香ばしくて美味しかったです。

※ちゃんと消防署の許可をとっているそうなので、みなさん、勝手にお庭などでやってはダメですよ!!

子供たちも美味しそうにほおばっておりました。

僕らが小さい頃は「い~しやき~ぃもぉ、おいも!」って屋台を引いたおじさんが家の近所にやってくるのが冬の風物詩でしたが、今や電気で焼きますからね。こうして自然なもので焼いて食べるのってそうそうない経験です。


 
 
 

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